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akitaのブログ

こちらは、昭和の歌手や桜田淳子さんに関わりのある人物などを綴ったアカウントになります。興味のある方は、ご覧ください。

水谷公生さん紹介。

f:id:zunko2525409:20160729185435j:image水谷公生 (みずたにきみお)別名・水谷竜緒・水谷龍緒。旧芸名水谷淳 デビュー当初は、長らく「水谷淳」の芸名で活動していた。インスト・バンド「津田龍一とブルー・エース」を経て、1966年に穂口雄右、轟健二(後の松崎澄夫)らと、GSバンド「アウト・キャスト」を結成。1970年代後半から1980年代にかけては、歌謡曲からロックまで幅広いジャンルで編曲家として活動する。又、作曲家としても活躍しており、岩崎宏美「れんげ草の恋」可愛かずみ「仔猫の決心」「星屑のシネマ」河合奈保子「ヤング・ボーイ」「17才」キャンディーズ「めぐり逢えて」西城秀樹南十字星桜田淳子「熱い心の招待状」「招待席」「わたしの広告」榊原郁恵「あなたは「おもしろマガジン」などがある。

f:id:zunko2525409:20160729194629j:imagef:id:zunko2525409:20160729195100j:image

アウト・キャスト(GS)を紹介します。

アウト・キャスト1966年春に結成されたグループ・サウンズ(GS)のバンド。グループ名の由来は、「人真似ではなく、自分達独自のもので飛躍しよう」との想いがある。前期メンバー f:id:zunko2525409:20160730141759j:image水谷淳(リードギター、ボーカル)1948年6月17日生まれ。轟健二(リードボーカル、フルート)1948年3月21日生まれ。大野良二(ベースギター)1948年2月12日生まれ。中沢啓光(ドラムス)1948年3月19日生まれ。前期脱退メンバー片桐周一(ギター)初代ギター。短期間の在籍で、デビュー前脱退。藤田浩一(ギター)片桐脱退後に加入。穂口雄右(オルガン)1948年1月24日生まれ。元テディーボーイズ、元ジャニーズ・ジュニア後に作曲家。

穂口雄右さんは、桜田淳子さんの「もう一度だけ振り向いて」を作曲された方です。水谷さんも桜田淳子さんの曲を作曲されています。

 

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穂口雄右さんについては、本アカで紹介しましたので其方でご覧ください。

 

 

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皆さんアウト・キャスト1度でいいですから聴いてみて下さい。youtubeにアップされています。

改名した女性芸能人をまとめてみた

f:id:zunko2525409:20160729130951j:image川中美幸 (本名・山田岐味子)旧姓・川中。大阪府吹田市出身。1973年6月、春日はるみの芸名でワーナー・パイオニアより「新宿天使」でデビューするも低迷。1977年4月「川中美幸」と改名しテイチク・レコードより「あなたに命がけ」で再デビューした。1980年、文化放送の深夜番組「走れ!歌謡曲」のパーソナリティーに局アナ以外で初めて抜擢され、現在でも歌い継がれている有名なヒット曲「ふたり酒」が生まれることになった。

 f:id:zunko2525409:20160729132525j:image伍代夏子(本名・山田照美)旧姓・中川。東京都渋谷区出身。1982年7月7日、星ひろみとして「恋の家なき子」でデビュー。1985年4月21日加川有希として「夜明けまでヨコハマ」。1986年7月21日本名(当時)の中川照美に改名。「夢きずな」発表。1987年9月21日伍代夏子とて「戻り川」で再デビュー。1990年「忍ぶ雨」ヒット。

f:id:zunko2525409:20160729133755j:image夏川りみ(本名・玉木りみ)旧姓・兼久。沖縄県石垣市出身。1989年ポニーキャニオンから星美里の名で演歌歌手デビューし、「しほり」を発表した。藤山一郎からは「40年に一人出るか出ないかの歌手」と称えられたが、ヒットには恵まれなかった。1999年5月21日に夏川りみとしてデビューした。2001年に発表した「涙そうそう」がじわじわとヒット、116週連続チャートインして一躍有名となった。

槇みちるさんは、桜田淳子さん「リップスティック」のバックコーラスをしていました。

f:id:zunko2525409:20160724165148j:image槇みちる(本名・分家真理子)1962年に大阪のジャズ喫茶に出演。翌年の1963年に上京し、1965年に渡辺プロダクションに注目されスカウトされた。同年1月、日劇で行われた「クレージー・キャッツザ・ピーナッツ・ショー」でデビューした。1965年、洋楽に日本語の訳詞をつけた、(当時、このスタイルが流行していた)ペギー・マーチのヒット曲のカバー「可愛いマリア」でレコードデビュー。翌年には、「若いってすばらしい」が大ヒットを記録。1970年に引退。引退後は、スタジオ・ミュージシャンに転向し、CMなどを中心に幅広い活躍をする。また、伊集加代子率いるシンガーズ・スリーの一員として活動していた時期もあり、岩崎宏美「ロマンス」「霧のめぐり逢い」西城秀樹「ラストシーン」桜田淳子「リップスティック」山口百恵「しなやかに歌って」など数多くの楽曲のバックコーラスにも参加している。

f:id:zunko2525409:20160724213358j:imagef:id:zunko2525409:20160724213515j:image

本アカでは、7月25日に投稿し紹介しました。 ただ、裏アカのこちらの方がより詳しく紹介していますので良かったらお読みください。(^_^*)

映画俳優が唄ってヒットした曲

f:id:zunko2525409:20160725131112j:image赤木圭一郎 1939年(昭和14年)5月8日_1961年(昭和36年)2月21日満21歳没。(本名・赤塚親弘)別名第3の男、トニー1958年(昭和33年)日活第4期ニューフェイスとして入社。石原裕次郎主演の「紅の翼」に本名の「赤塚親弘」名義で群衆の1人としてエキストラ出演し、これが映画デビュー作となった。その西洋的風貌や退廃的な雰囲気がこれまでの日本人俳優にはない個性として評判を呼び、トニーの愛称で主人公の弟分や準主役級として出演するようになった。この愛称は、1950年代から1960年代にかけて人気のあったハリウッドスター トニー・カーチスにどことなく風貌が似ていたことが由来する。「霧笛が俺を呼んでいる」をはじめとする数々のヒット曲をリリースしている。日活映画「霧笛が俺を呼んでいる」

f:id:zunko2525409:20160725132424j:image石原裕次郎「二人の世界」1966年に日活によって制作、公開された邦画。松尾昭典監督、石原裕次郎主演のムードアクション映画である。同名の主題歌「二人の世界」もヒットした。

f:id:zunko2525409:20160725150901j:image浅丘ルリ子「愛の化石」1969年8月5日に出したシングルレコード。この曲をモチーフに、翌年の1970年には浅丘と田宮二郎主演で同名映画も製作された。作詞並木六郎、作曲三木たかし編曲高見弘。本人のナレーションから始まり、語りと歌が交互に繰り広げられるバラード。浅丘自身久々のヒットとなった。

日本女性歌手史上最高と言われた弘田三枝子の歌声

f:id:zunko2525409:20160724160324j:image弘田三枝子(本名・高木三枝子)愛称は、ミコちゃん。歌唱力とパンチの効いた歌声で、「ポップスの女王」ともいわれ、その歌唱力は当時「日本女性歌手史上最高の歌唱力」とも評された。f:id:zunko2525409:20160724220102j:imageヒット曲に「ヴァケイション」「渚のうわさ」「人形の家」などがある。個人的に好きな曲は、「涙のドライヴ」この曲は、筒美京平さん作曲の哀愁を感じるイントロから始まるのですがとにかくお洒落なんです!!!「子供ぢゃないの」や、「ヴァケイション」の様なパンチの効いた歌声もステキですが、敢えて抑えめに唄うミコちゃんの歌声も良いものですf:id:zunko2525409:20160724215541j:image

 

仲宗根美樹を紹介

f:id:zunko2525409:20160825105124j:image仲宗根美樹(本名・國場勝子)東京都出身。東洋音楽学校卒業。1960年(昭和35年日本テレビ東京物語」に出演し、その主題歌「愛に生きる」(キング・レコード)でデビュー。1961年(昭和36年)9月発表の「川は流れる」がヒット。1962年(昭和37年)12月、第13回NHK紅白歌合戦にも初出場を果たし紅組トップバッターを務めた。